もっと不幸な人いるよ、という人

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時々見かけます。それはSNSのコメント欄とか、facebookのコメントとか、yahoo知恵袋などです。

「世の中には不妊よりもっともっと思い病気で苦しんでいる人がいるよ」
「食べ物に困っている人もいるのに不妊なんて贅沢な悩み」
「初期流産より臨月で死産した方がつらいよ」
「流産しても妊娠しただけまし、妊娠しない人もいるのに」
「流産より幼いお子さんを亡くした人の方がつらいよ」とか・・・順番を決めたがる人。
私は思うんです。1度の流産も、2度の流産も、幼いお子さんを亡くした方も、高齢不妊の人も悲しみは測れません。もっともっと世界には不妊以外の病気で辛い思いをしている人がいるのも知ってます。
でも、今苦しんでいる人に他人と比べて「もっと不幸な人いるよ」と言っても何の意味もないと思います。声かけるその真意はなんでしょう。苦しんでいる人をさらに苦しめるため?じゃないですよね。
元気出して欲しいとか立ち直って欲しいという気持ちがあって声がけしてるんですよね。ここが違うなら、悪意になってしまうので、例外ですが、そういう善意の気持ちという前提にしますね。

「大変な思いをしている人は世の中にはいるけれど、みんななんとか生き抜いている、前に進んでいる、だからあなたもそうなって欲しいと願っている。」

と言いたいんではないか・・・と思います。
ただ、言うタイミングが早いことが多いです。それに、「もっと辛い人いる」「もっと不幸な人いる」という「もっと」の言葉を使ってしまうと、あなたの悲しみは小さいと伝わってしまいます。
よかれと思って、もっと不幸な人の例を出しているあなたへ。。
そのひとりひとりに寄り添うことが大事なので、不幸の順番は不要です。余計に、悲しみを軽く考えらた、周囲に気持ちを理解されてないと思い、つらさは倍増します。そうなるともうあなたには相談しないでしょう。
悲しみとはそれぞれにあって、誰と比べてどうこうって話しじゃないんです。
天から下界を眺めるように不幸の番付けをしたがる人はどこにでもいますが、それは寄り添いではありません。傷つけようと思ってないなら、改めてくださいね。

1975生まれの整理整頓好きな山羊座。30歳で妊活スタート、流産、死産を経験。子宮腺筋症が悪化し2017年末ついに子宮全摘出。寄り道ばかりの人生で幸せの価値観や家族の意味を深く考え中。