夏休みにしばらく帰省していました。
父が他界してからは、北海道に帰省することもめっきり減ったなぁ・・・。実家には父の奥さんがひとり住んでいますが、父が亡き今、その人とは、、、あまり共通点もなく、死産した後は誰とも会いたくなかったのでますます会い難くなってしまった。
そんな私の気持ちを知ってか、代わりに友達がいつでも泊まってくれていいんだよ、と言ってくれてここ数年はお世話になっています。
友達夫婦は共働きで仕事に出かけるので、日中は夏休み中の子どもたちと私だけ。それが私にとっては楽しい時間でもある。
子どもたちは小学生。この子たちを見ているとしみじみ思う。
「こんな風にこの子たちと遊ぶとは昔は想像もつかなかった。。」と。
やっぱり”赤ちゃん”という存在は妊活中の我々にとっては最強の破壊力を持っていて、自分の状態が苦しい時は近づけなかった。そしていつでもママママ〜〜〜、泣いても笑ってもママに駆け寄る姿はなんとも言えない固い絆で結ばれていて、とても輝かしかった。
あの当時、ママ以外の人は排除モードだったけど、小学生高学年ともなるとママ以外ならではの付き合い方ができてきた。彼らはママがうざいという思春期を迎えるが、私のような時々しか出没しない人には素直だったり甘えたりする。子連れの友達と会うのが辛い。。。そんな時期は必ず終わりが来ます。子どもたちは成長し、赤ちゃんの天使スマイルはずっとは続きません。普通の人間になっていきます。今、会えなくても、きっとまた会える時が来るので、自分の気持ちに任せればいいと思う。友達との縁は継続します。
そして、毎年一緒に作っている自由研究。普段はゲームばかりしているけど、工作は大人が準備さえすれば子どもたちはちゃんと楽しむ。今年も帰省するまでに色々と考えていたけど、彼らの一人が既に中学生になっていて、自由研究は卒業していたっ!私の中では彼らはいつまでも小学生だったけど、成長とは本当に早いものだわぁ・・・・。でも一緒に作ってくれたけどね。
海に行ったり、彼氏の話しをしたり、「一緒に寝る〜」と言ってくれたり、
これからどんな大人になるのか、他人の子だけど叔母の気分を楽しめている^^;友達にも感謝だね。
1975年生まれ。不妊ピア・カウンセラー。「コウノトリこころの相談室」を主宰。28歳に結婚後、妊活をスタート。人工授精、体外受精、10年以上の不妊治療では二度の流産、死産を経験。子宮腺筋症で子宮全摘。44歳で生後5日の養子を迎える。数々のメディアや、大学で講演活動を行うなど、実体験を語っている。これまでの体験を綴ったエッセー、夫婦共著「産めないけれど育てたい。不妊からの特別養子縁組へ」2020年9月出版(KADOKAWA)