子供のいる人生、いない人生を考えたことありますか?女性ならあらゆる事態のことを想定しているでしょう。
男性はどうですか?今している目の間の不妊治療が成就することを考えているのではないでしょうか。
今、夫(41才)の友達が出産ピークです。大人の遊びから家族の遊び方に切り替わって来ている。男性は40代でパパなんてけっこうある。夫にしてみれば、バリバリ仕事をしていた仕事仲間の独身族が急にパパになり、ここへ来てやっと子供のいる人生、いない人生を考えているようです。
夫はちょっと置いてけぼりをくらってるわけですが、私はその置いてけぼり感はとっくに感じてました。
女性の方が先のことを考える力があるし、計画的だからね。私は30歳〜35歳くらいに周囲の女性の生き方の変化を目の当たりにし、次々と子育てにシフトしていくのをただ見送っていた。もともと母親になりたい願望は強い方だったけど、友達のお腹が大きくなり、出産を経験し、天使のような赤ちゃんを実際に抱いている姿を見ると、その感情はどんどん増していった。
こういう周囲の環境の中で生活していると嫌でも子供のいる人生、いない人生を考えるきっかけになった。まして2度の流産をした後は尚更だった。
男性は仕事で自分のアイデンティティを確立するというけれど、女性は子供の有無でハッキリと境界線ができてしまう。会話してても壁が高くそびえてるんですよね。
私は治療がうまくいかなかったり、流産したり、誕生日や正月、ことあるごとに「もしも子供ができなかったら・・・」を考えていた。20年後の還暦を迎える頃の2人を想像したり。どんな風に2人だと過ごしているんだろうって。
頑張れるの今の時期しかないから仕事をやめて専念した。35才で2回目の流産の後、焦りは大きくなり、不育症のことが心配で大学病院の不育科へ行った。看護婦が問診票を見て、第一声「焦ってる?!」って軽く聞いて来た。不育ってお腹の中で赤ちゃんが育たないってこと、流産や死産、命が死ぬことに直面したってことなの。他にかける言葉はないのかな。。。心ない言葉は私の中の「子供ができなかったら」という焦りに拍車をかけた。
一方で、判定日に陰性だと夫に報告すると「次があるよ」「まだまだ大丈夫」「治療してればいつかできるって」の言葉を繰り返してた。励まそうとして言ってるのかと思ったが、よく考えると、夫は「もし子供ができなかったら」と想像できるレベルに達していなく、目の前の治療をポジティブにこなして行くことしか頭になかっただけ。
私たちは不妊治療をしているひとつのカップルであったけど、同じ場所に立っていなかったんだと思う。夫婦であれ、生殖についての男女間の考え方の差は大きいと思う。一歩外に出れば全く違う環境で生活、交遊関係も違う、それが夫婦の温度差を生むのかもしれない。
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1975年生まれ。不妊ピア・カウンセラー。「コウノトリこころの相談室」を主宰。28歳に結婚後、妊活をスタート。人工授精、体外受精、10年以上の不妊治療では二度の流産、死産を経験。子宮腺筋症で子宮全摘。44歳で生後5日の養子を迎える。数々のメディアや、大学で講演活動を行うなど、実体験を語っている。これまでの体験を綴ったエッセー、夫婦共著「産めないけれど育てたい。不妊からの特別養子縁組へ」2020年9月出版(KADOKAWA)