お墓はだいたい、自分のご先祖様と夫のご先祖様のお墓がありますよね。
どこのお墓に入れるか・・・という問題ですが、私は自分の家族のお墓に入れることにしました。なぜならそこにはすでに私の父が眠っているから、きっと孫に会いたかった父の傍の方が娘も安心すると思いました。義理両親は健在です。
夫に異論はありませんでした。ちなみに私も死んだらこのお墓に入ります。
そして、お墓を管理している叔母に許可を、
娘の骨が自宅にあり、お墓に入れたいと話すと、すぐに「そんな、、、知らなかった、骨が残っていたの。あ〜そうだったんだ・・・、それはお墓に入れてあげないと可哀想だわ。入れてあげて」と言ってくれた。
納骨の依頼のため墓地管理とやりとりが始まり、娘の名前を聞かれたり、亡くなった日を聞かれたり、、、ここ数ヶ月は急に娘の名前が飛び交いました。当時の火葬の書類が納骨には必要で、久しぶりに封筒を開けると火葬代一式が8万円と書いてあった。高いのか、安いのかすらわからないけど、いつの間にか夫が払ったんだね。
今回の納骨は、お坊さんなし、お食事なしで納骨25000円、参列する人数は?と聞かれ、2人です、って答えるとちょっとびっくりしてたかな。
お墓につけるプレートは25000円。プレートを付けると、この子誰?って話になると思うんですよ、例えば、弟の子供たちは今は小さいからわからないけれど、ゆくゆく大人になってお墓参りしたときに、私たちに子供がいたことを知ることになる。でもプレートなしというのも、存在がないような気がして、家族の一員としてプレートを並べてもらうことにしました。
叔母から墓地使用許可証をレンタルし、「一緒に行けなくてごめんね」とお花代までいただき、、、いつも気遣ってくれる叔母たち、姪の私の悲嘆をどうにか救おうと当時は相当協力してくれました。不育症の新聞記事を切り抜いてくれたり、、、ご飯を差し入れしてくれたり、改めていろいろありがとう。
納骨の前日、いざ骨をお墓に入れるとなると、会いたい時にする会えない、ちょっぴり寂しいセンチメンタルな気分に。最後の夜は、ベットサイドではなくテーブルに置き、ご飯を共にしました。
3年間、自宅で私の気持ちが落ち着くまで一緒にいてくれてありがとう。これからは先に天国に行ってしまった家族の傍で一緒にいてね。
大好きなデンファレを買い。
納骨の朝、快晴。ピリリと冷え切った空気。
墓石を開けるのは父の納骨依頼、小さい骨壷がちょこんと並ぶ。
「ではお閉めしてよろしいでしょうか」と係りの方が合掌して墓石を元の位置へ。
公園のように芝生が茂った外国風の墓地。お子さんのお墓が多く、お墓の前でピクニックをしている人をたくさん見かけます。
来年は、お弁当をもってきて食べよう、と夫。9月だからきっと暖かくて気持ち良いね。
1年に1度、来る場所ができました。
1975年生まれ。不妊ピア・カウンセラー。「コウノトリこころの相談室」を主宰。28歳に結婚後、妊活をスタート。人工授精、体外受精、10年以上の不妊治療では二度の流産、死産を経験。子宮腺筋症で子宮全摘。44歳で生後5日の養子を迎える。数々のメディアや、大学で講演活動を行うなど、実体験を語っている。これまでの体験を綴ったエッセー、夫婦共著「産めないけれど育てたい。不妊からの特別養子縁組へ」2020年9月出版(KADOKAWA)