流産、死産、新生児死、その時の周囲の言葉がけ…
今日の朝日新聞の記事です(2017.11.22)
悲しみは「乗り越える」もの?68日間生きた娘を亡くした夫婦の思い 識者「聞こえいいがリスキーな言葉」
取材を受けたご夫婦は医療従事者からの言葉がとても傷ついたと語っています。
医師、看護師、助産師は亡くなる直前直後に関わる人たちです。短命だとわかっていたとしても、流産や死産で生まれる前だとしても、大切な人が亡くなるという意識をして対応してほしいですね。
じゃあ、周囲はどうしたらいいのと一般の人のコメントありますけど、友人や家族が悲しい出来事に遭遇することはこれから先もあります。「事故にあったと思って」とか、「ご主人が亡くなるよりマシでしょ」という医師の言葉は問題外として、どうして良かれと思って投げかけた言葉で悲しくなってしまうか、それは、
励ましてほしいとはそもそも言ってない人に励ましてるからです。
乗り越えたいと思う前に乗り越えてと言うからです。
乗り越えたいと夫婦が思うのはいつですか、乗り越えたかもしれないと自分でのちに思うくらいで、誰にもその時はわかりません。わかってることは、退院してすぐじゃないですよね。今悲しい最中で全てを受け入れられない人にその言葉はまだまだまだまだ早いんです。
無理になにも言わなくていい、そばにいて話しを聴いてればその人をちゃんと見ていれば悲しみが伝わります。なにも聴く前から声がけしてしまう人、要注意です。
そしてその人の話しを聴いたりそばで寄り添っていたら「早く乗り越えて」とはとても言えないでしょう。
自分が同じ悲しみを体験してないから無理だ、何を言っても逆に取られるという人いますけど、それは間違い。ズレてる言葉を言ってるだけですよ。
子供を失っていない人でも寄り添ってくれる人はたくさんいました。この世は子供を失ってない人の方が多いんです。当事者だけで生きてはいけません。
寄り添うとは、話を聴くだけで子供を失った人と同じように麻痺状態になったり、その人のように毎日泣き暮らすことではないです。どんな悲しみがあるか話を聴いてどんな悲しい思いをしているのか想像することだと思います。同じように悲しくなることではありません。
流産、死産はもちろん、新生児死もほとんどは夫婦か家族しか赤ちゃんに対面しません。私はあの当時、誰にも合わず死んでしまった赤ちゃんの存在事態が消えてなくなりそうで寂しく思いました。
自分が元気になっていくのも罪悪感がありました。ふと、テレビを見て笑ったときに、自分もこのまま忘れてしまうのではないかと怖くなったこともあった。
かけられた言葉で良いものはあまりなかった。「元気そうね!安心した!」と死産から2週間のときに実母に言われたので、誰にも会いたくなくなったのは覚えてる。
ただ静かに見守ってくれたり、どうしてるか心配してくれる人の心は伝わりました。写真の前で手を合わせてくれたり、お花を贈ってくれたなど、赤ちゃんの存在を大事にしてくれた人など、たくさんの人に今でも感謝しています。
赤ちゃんが夫婦にとって大切な存在だった、声がけがどうしてもしたいなら、そのことを心に留めてしていただければと思います。
1975年生まれ。不妊ピア・カウンセラー。「コウノトリこころの相談室」を主宰。28歳に結婚後、妊活をスタート。人工授精、体外受精、10年以上の不妊治療では二度の流産、死産を経験。子宮腺筋症で子宮全摘。44歳で生後5日の養子を迎える。数々のメディアや、大学で講演活動を行うなど、実体験を語っている。これまでの体験を綴ったエッセー、夫婦共著「産めないけれど育てたい。不妊からの特別養子縁組へ」2020年9月出版(KADOKAWA)